心の歌~こころのチキンスープより~

心の歌

 昔、あるところにとてもすばらしい男がいました。そして、夢に描いていた女性と出会い結婚しました。やがて、愛の結晶として、二人にかわいい女の子が授けられました。この子は明るく利発は女の子になりました。父親はこの娘をどんなに深く愛していたことでしょう。
 娘がまだ小さい頃、父親はよくこの子を抱き上げ、歌を口ずさみながら部屋中をくるくる踊ったものでした。
そして、その小さな耳に何度も繰り返しささやくのでした。
「小さなかわいい娘よ、愛しているよ」と。

 

 やがて、この小さな娘は年月とともに成長していきました。
 しかし父親は昔と変わらず、娘を強く抱きしめてはこう言ったものでした。
「小さなかわいい娘よ、愛しているよ」と。
すると娘はいつも父親に答えていました。
「私はもう小さな女の子ではないのよ」と。
それを聞いた父親は、嬉しそうに大声で笑いながら言うのでした。
「分かっているよ。でもね、お前はいつでも私の小さなかわいい娘なんだよ」

 

 また月日が経って、もうそれほど小さくない娘は住み慣れた家を離れ、外の世界に飛びだしていきました。社会でいろいろなことを経験するうちに、自分のこともよくわかるようになり、父親のことも人間としてより深く理解できるようになりました。すると、父親の自分たちへの愛の表現こそが、本物の強さなのだと気づいたのです。
 彼は娘が地球上のどこのにいても必ず電話をかけてきて、「小さなかわいい娘よ、愛しているよ」と言ったものでした。

 

 ある日のこと、もうそれほど小さくない娘に病院から電話がかかってきました。あの素晴らしい父親が、脳卒中で倒れたというのです。医師の説明によると、父はもう自分の力で話すことも笑うこともできないし、話しかけられても理解できないだろうというのです。微笑むことも、声を立てて笑うことも、歩くことも、抱きしめることも、踊ることも、そして「愛しているよ」と言うことも、できなくなってしまったのです。

 

 娘は父親のもとに駆けつけました。病室のベッドに弱々しく横たわった父親は、まるで身体が縮んでしまったかのように小さく見えました。娘の姿に気がつくと、その不自由な口で何かを懸命に話そうとしましたが、言葉にはなりませんでした。
 父親を助けようにも、娘には何もできませんでした。ただ、静かに父親のベッドの脇に腰を下ろすと、両の目から涙があふれてきました。もはや動かなくなってしまった肩の下に両手を差し入れ、胸の上にそっと頭をのせました。
 父親と過ごした楽しかった日々がよみがえってきました。ああ、いままでどんなに父親から守られ、愛を注がれてきたのでしょう。
 でも、もう二度と、父親の口から、あの愛にあふれる安らぎの言葉は聞かれません。これからずっと、胸に大きく広がる空しさに耐えていかなければならないのです。

 

やがて、父親の胸に置かれた娘の耳に、何かの音が聞こえてきました。耳をじっと澄ませると、それは心臓の鼓動でした。そこには愛の音楽が宿り、やさしい言葉が息づいていました。脳で起きた一大事などまるでおかまいなしに、しっかり鼓動を打ち続けています。その音を聞きながら、疲れきった彼女はうとうとしかけました。
 その時です。信じられないことが起きたのは!何より望んていた言葉が聞こえてきたのです!
 ドン、ドン、ドン・・・・・規則正し鳴り続ける心臓の鼓動は、やがて愛の言葉をささやき出しました。
「愛しているよ」
「愛しているよ」
「愛しているよ」
「小さなかわいい娘よ」
「小さなかわいい娘よ」

小さな娘の心には深い安らぎが戻ってきました。

 

パティー・ハンセン
心のチキンスープより

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